なんなんだろう?

なんなんだろう?

 

人より優れていることに安心するきもち。

人を見下すようなきもち。

自分が上にいたいきもち。

 

こんな気持ちに気づいて

情けなくなる自分

 

それでもやはり、瞬時に

自分より上か下か

ということが気になる自分

 

フラットに見れるようになりたい。

事実があるだけ

 

上下をジャッジしないで生きたい。

月の満ち欠け

最後にブログを書いてから2ヶ月。

たった2ヶ月だけれども

何かが変わった。

 

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毎日いろんな顔を見せてくれた

近所の畑がなくなった。

 

私は

 

やれることの中から

 

当面やりたいことが見つかった。

 

とりあえず、モゾモゾ一歩づつ。

 

とめると滞る

この所人に会う用事が多い。

自分と向き合って、みつめて、それを何らかの形で出さないと、滞る。

良し悪しではなくて

人からのエネルギーに影響を受けたりするんだなぁ。

自分の中で、整える時間が必要。

整えるのに一番効果的なのは、やっぱり片付け。
喚起、呼吸、空気の浄化。

今日も一日頑張ろう。

 

 

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コトリ、コトリ

いろんなことが、動き出す。

 

コトリ、コトリ

 

ゆっくり

モタモタ

もぞもぞ

 

でも、

 

コトリ、コトリ。

 

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共感されると嬉しい

久しぶりに

読者がたくさんいるブログを更新し

フェイスブックにあげた。

 

すると、たくさんの人が見てくれて

共感してくれた。

 

嬉しかった^_^

 

私の「認めて欲しい」

 

以前は

「すごい!と言わせたい!」

「私のいうことを聞いて欲しい」

そんな気持ちがあった。(いやらしい・・・)

今は
「わかってほしい」んだな。

だけど、今日の記事の「共感」がことのほか嬉しかったのは
「私」が「私のこと」を「わかった」からなのかもしれない。

 

だって、みんなは「私」で、「私」はみんなだから。

 

以前見たコントで、

「40代女性はスピリチュアル好き」

というようなコントがあり、

イタタと笑ったんだけど

 

やっぱりそういう

「宇宙の真理」?!

みたいなもの

 

誰にも証明できない

でも

なんか「ある」

というようなものに

心惹かれる。 

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優等生だった自分

最近、「したいこと」がなくなってきた。

というか、以前「したい」と思っていたことが色褪せたというか。

 

小学生低学年のころには

もうすでに、「やりたいこと」や「夢」はなかった

「どうせできるわけない」

と、子どもながらに思っていた。

「将来の夢」を書かされるのが大嫌いだった。
だって、大人が気に入るような
「嘘」をつかなくてはいけないから。

 

だから、自分に子どもが生まれて、障がいがあるとわかった時

初めて、自分が「やらなきゃ」と思ったし、
どんどん「やりたいこと」が出てきた。

それは、私にとってはすごいことだった。

コーチングに出会って、
「やりたいこと」が「やれること」になるのも体感した。

「強い思い」さえあれば、「できる」という
根拠のない自信もある。

でも、今

「やりたいもの」はないと感じている。

「できる」ことはたくさんあるけど。



****


ある人に
「優等生だよね」
といわれたことがある。

そうなのだ、ずっと優等生。
「期待されたことをそつなくこなす」
「羽目を外さない」

「やりすぎない」

こんな私にそろそろサヨナラしたい。

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「母の日」そして「体の記憶」

なんとなく体の重い日曜日。

 

本当は出かけようと思っていたのだけれど、
「私がしたいこと」というより
「誰かに認めてほしい」だけな気がして、

体の声を優先して休憩。

 

洗濯して

片付けて

お昼食べて昼寝して。

そしたらちょっと元気になった。

 

✳︎✳︎✳︎

 

今日は左の肩甲骨あたりが痛むので

手を当ててみた。

 

そしたら、昔左利きを矯正された話を

昨日ひょんな事から話したことを思い出した。

 

小さな私は
何かするたびに注意されたことだろう

ストレスだっただろうな

 

自分が「ダメだ」と思ったかもしれない。

 

周りの大人は、ただ、

「不便でないように」

という思いだったのだけど。

 

痛みに手を当てながら

そんなことを考えていたら

 

痛みが消えた。

 

痛みには「記憶」があるのかもしれない。

 

✳︎✳︎✳︎

 

夕飯の買い物に街へ出た。

 

「母の日」でカーネーションがたくさん売られていた。

 

赤やピンク、黄色のカーネーションに混じって、

きれいな赤紫色のカーネーション。

 

ふと

実家の母に届けようと思いたち、バスに乗る。

 

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お茶を飲み、心配をかけている息子の話などをする。

 

そんなに仲良し母娘でもないので

すぐにおいとま。(笑)

 

そんな母が、帰りがけに何度も

「ありがとう」

と言った。

 

 帰りのバス停までの道のりで

なんだか涙が溢れて来た。

 

少しづつ、

溶けて流れてゆく。

 

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